いわゆる労災保険(労働者災害補償保険)の制度は、本来は、事業に使用される労働者が労働災害(業務上の事由による災害、つまり業務に起因する、あるいは業務と一定の関連のある負傷、疾病など)を被った際の補償を目的に創られた。労働基準法では、労働者が業務災害を被った場合に、使用者は無過失の災害補償責任を負わなければならないことを定めている。ここで言う無過失の責任とは、業務災害の発生について使用者の故意や過失がなくても、責任を負うということである。そして、この労働基準法労の災害補償制度を実効化させるために保険制度化したものが労災保険制度だ。すなわち、零細事業主等の事業場で労働災害が発生した場合に、被災労働者が迅速で充分な補償を実際には受けられない恐れもあることなどを考慮し、使用者が保険料を拠出し、政府が運営する災害保険制度とすることによって、被災労働者をきちんと保護できるようにしたのである。
そして、当初は、労災保険制度は労働基準法上の災害補償制度に対応したものだったが、その後、労災保険制度の内容が充実し、現在では労働基準法の災害補償制度を大きく上回る内容の保険制度となっている。例えば、介護補償給付、二次健康診断等給付、通勤災害に関する保険給付などは、労働基準法の災害補償制度にはない給付だ。さらに、2020年(令和2年)9月施行の改正により、複数業務要因災害に関する保険給付が新設され、2以上の事業の業務を要因とする傷病等についても保険給付の対象となる可能性が開かれた。
また、労災保険制度は、本来は国内の事業に使用される労働者を対象とするものだったが、事業に使用される労働者ではない中小事業主等や、いわゆる「一人親方」等、また、国外の事業に使用される海外派遣者にも、従来から特別加入という制度が用意されており、労災保険適用の道が開かれている。
中小零細事業の事業主の中には、その使用する労働者と異ならないような労働を日常的に行っているケースもある。また、一人親方である自営業者(個人タクシーの運転手や大工など)あるいは労働者ではない当該事業の従事者、その他特定の農作業や家内労働、介護作業等に従事する者(「特定作業従事者」)も、一般の労働者と異ならないような労働に従事することが多い。このような職種の者がその業務に関連して被災した場合にも、労働者に準じて保護する必要性があると認め、労災保険の対象とできるように制度が拡充されたのである。
中小事業主等については、対象とのなるのは一定数以下の労働者を使用する事業(特定事業)の事業主(事業主が法人の場合はその代表者)であって労働保険事務組合に労働保険事務の処理を委託する者、又は、中小事業主が行う事業に従事する者で、労働者でない者(例えば、中小事業主の家族従事者や代表者以外の役員であって労働者でない者など)である。これらの者は、当該事業について労災保険の保険関係が成立していることを条件として、政府の承認を受けて中小事業主及び当該事業の従事者すべてが包括して特別加入することができる。特別加入の承認があると、中小事業主等は、労災保険法上は当該事業に使用される労働者とみなされる。つまり、当該事業の労働者に関し成立している労災保険の保険関係を前提として、当該保険関係上、中小事業主等を便宜上労働者とみなすことにより、当該中小事業主等に対する労災保険の適用を可能にしたのである。
これに対し、一人親方等の場合は、一人親方等が団体を組織し、団体を通じて特別加入の承認を受けることになる。この承認があると、当該団体は、労災保険の適用事業(労働者を使用する事業)及びその事業主とみなされ、一人親方等は当該団体の適用事業に使用される労働者とみなされ、これにより、当該一人親方等について労災保険が適用されることになる。一人親方等は、原則として、その事業を労働者を使用しないで行うことを常態とする者であるため、当該事業についての労災保険の保険関係が成立していない。そこで、中小事業主等の場合のように既存の適用事業の労働者と見なして特別加入するという方法がとれないために、一人親方等の団体を通じて特別加入することになっている。
海外派遣者については、派遣元の国内事業(継続事業として労災保険の保険関係が成立していることが条件)の団体又は事業主が、特別加入の申請をし、承認を受けることが必要とされている。
法の規定や頻繁に変わる通達の内容など、複雑でなかなかわかりにくいものです。ご自身で確認するよりは専門家に聞いた方が早い場合も多々あります。ご質問、気になることなどがありましたら、お気軽にご相談ください。
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