副業・兼業を進める上で労働者の健康確保への配慮も忘れてはならない。
副業・兼業の有無にかかわらず、使用者は、労働安全衛生法に基づき、健康診断、長時間労働者対する面接指導、ストレチェックやこれらの結果に基づく事後措置等を実施しなければならない。同法に基づくこれらの健康確保措置の実施対象者の選定に当たっては、副業・兼業先における労働時間を通算するという制度にはなっていない。ただし、使用者の指示により当該副業・兼業をする場合や、使用者が労働者の副業・兼業を認めている場合には、副業・兼業先の使用者との情報交換や労働者本人からの申告により副業・兼業先の労働時間を把握し、通算した労働時間に基づき健康診断等の措置を実施するなど、法律の義務を超えた労働者の健康確保に資する措置を実施することが推奨されている。
また、副業・兼業をする労働者に対しては、他の事業場における労働時間と通算して適用される労働基準法の時間外労働の上限規制を遵守しなければならない。具体的には、すべての事業場における労働時間を通算した1か月の時間外労働と休日労働の合計時間数が単月で100 時間未満、複数月(直近の2か月、3か月、4か月、5か月及び6か月のそれぞれ)平均80時間以内となる範囲で、各々の事業場の労働時間の上限を設定する必要がある。これらの規制は、事業場ごとに締結する36協定の内容とは異なり、労働者個人の実労働時間に着目した規制であり、異なる複数の事業場における労働時間を通算して適用する。
複数就労者の事故や病気、失業したときの補償はどうなるだろうか。
まず、労災保険は、労働者が副業・兼業をしているかどうかにかかわらず、事業主は労働者を一人でも雇用していれば、労災保険の加入手続を行う必要がある。労災保険制度は、元来は労働基準法上の事業主の災害補償責任を担保するものであり、その給付額は、かつては災害が発生した就業先の賃金分のみに基づき算定していた。しかし、副業・兼業をする者が増えている実態を踏まえ、2020年9月以降、複数就業者に対する労災保険による保護が強化された。具体的には、非災害発生事業場の賃金額も合算して労災保険給付を算定することになったほか、複数就業者の就業先の業務上の負荷を総合的に評価して労災認定行うことになった。なお、労働者が自社、副業・兼業先の両方で雇用されている場合、一の就業先から他の就業先への移動時に起こった災害ついては、通勤として労災保険給付の対象となる。
雇用保険制度においては、同時に複数の事業主に雇用されている者は、それぞれの雇用関係において雇用保険被保険者となる要件を満たす場合、その者が生計を維持するに必要な主たる賃金を受ける雇用関係についてのみ被保険者となることが原則だ。しかし、2022年1月以降は、65歳以上の高年齢労働者について、1つの事業主の適用事業における週所定労働時間が20時間未満であっても、2つの事業主の適用事業における週所定労働時間(5時間以上のものに限る)の合計が20時間以上であるときは、申し出ることにより、高年齢被保険者(「特例高年齢被保険者」)となることができるという、いわゆる「雇用保険マルチジョブホルダー制度」が試行的に導入された。申し出て被保険者となるかどうかは任意であるが、副業・兼業の促進と複数就業者の保護が課題となる中で、まずは、マルチジョブホルダーとして働く比率が相対的に高いと思われる65歳以上の高年齢者について、複数就業者の特例が設けられた。この特例は施行後5年を目途に適用のあり方等を検討するものとされているが、今後、雇用保険制度においてマルチジョブホルダー一般に対する保護が強化されるのか、注目しておきたい。
最後に、社会保険制度について。
社会保険(厚生年金保険と健康保険)の適用は、事業所ごとに適用要件を満たすかどうかを判断するので、複数就業者であっても複数の事業所における労働時間等を合算して判断するようなことはない。複数の事業所で就労している労働者がそれぞれの事業所で被保険者となる要件を満たす場合には、厚生年金保険法及び健康保険法において届出の義務が定められている。つまり、厚生年金保険については当該複数の事業所を管轄する年金事務所が異なる場合には業務を処理する1つの年金事務所を選択する必要があり、健康保険についても当該複数の事業所について医療保険者が複数ある場合には、当該者の保険を管掌する医療保険者(医療保険者が全国健康保険協会であって当該複数事業所に係る日本年金機構の業務が2以上の年金事務所に分掌されているときは、当該者に関する日本年金機構の業務を分掌する年金事務所)を選択する必要がある。そして、当該選択された年金事務所及び医療保険者において、各事業所の報酬月額を合算し、標準報酬月額を算定し、保険料を決定する。その上で、各事業主は、被保険者に支払う報酬の額により按分した保険料を、選択した年金事務所(健康保険の場合は、選択した医療保険者等)に納付するという流れになる。
法の規定や頻繁に変わる通達の内容など、複雑でなかなかわかりにくいものです。ご自身で確認するよりは専門家に聞いた方が早い場合も多々あります。ご質問、気になることなどがありましたら、お気軽にご相談ください。
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