老齢基礎年金の支給の繰下げは実際にどの程度メリットがあるだろうか。
65歳で受給権を取得した者が70歳に達した月に支給繰下げの申出をすると、5年すなわち60か月分が支給されない替わりに、申出をした日の翌月分から本来の支給額に42%増額加算された額が支給されることになる。75歳に達してから支給繰下げを申し出れば、増額率は84%だ(注:2022年(令和4年)4月の改正により75歳までの支給繰下げが可能となった)。受け取る年金の累計額を計算すると、支給を繰り下げた場合は、支給を開始してから11年と11か月目に、支給を繰り下げなかった場合の累計額上回ることになる。単純化すれば、70歳時点で繰り下げればおよそ82歳、75歳で繰り下げれば87歳で「元が取れる」ことになり、以後長生きをすればするほど、累計額の差額は大きくなる。
平均寿命から考えれば、繰り下げた方が支給総額は大きくなる可能性は充分にあるが、何歳まで生きられるのか、そこは神のみぞ知ることであり、常にリスクはある。また、仮に82歳や87歳まで生きられたとして、その間の生計費のあてがなければ、繰下げも難しい。老後の生計費をケチってまで年金額を増やす意味はないのではないか。個人の考え方次第だが、生計費をあまり気にせず生活できる恵まれた境遇にあるのなら、繰下げも一つの選択肢かもしれない。例えば、元気に働き生活を楽しめる程度の定収入があるのなら、その間は年金を受けずに頑張ろう、というのも一つだ。個人の人生と価値観、生活形態、家族の有無や健康状態などに合わせて、年金の受け取り方にも柔軟性を持たせていると考えるべきなのだろう。
さらに、注意したいのは、仮に支給を繰り下げたとしても、上記の増額分がそのまま手取り収入として増えるとは限らないということだ。老齢年金給付は雑所得として一定の公的年金等控除額を超える部分が課税対象となる可能性があり、健康保険の保険料も増える可能性がある。また、療養を受ける際等の健康保険の一部負担金が70歳以上は通常2割負担(75歳以上の後期高齢者医療は従来通常1割負担(所得金額が一定以上になると2割負担))となるところが、現役並み所得者であれば3割負担になってしまうなどの可能性もあり、医療費がかさむ高齢期になると、年金以外の収入金額等によっては思ったほどの収入増とならない場合もあるので、慎重に検討したい。
なお、付加年金の支給を受けることができる場合は、老齢基礎年金の支給繰下げにより、付加年金も支給が繰り下げられ、繰下げの申出をした月の翌月分から、繰下げ支給の老齢基礎年金と同様の増額率により増額されて支給される。
社会保険制度の細部の規定や頻繁に行われる見直しの内容など、複雑でなかなかわかりにくいものです。ご自身で確認するよりは専門家に聞いた方が早い場合も多々あります。ご質問、気になることなどがありましたら、お気軽にご相談ください。
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